ル・マン サルテ サーキット

ル・マン。サルテ・サーキットのメインスタンドへのアプローチ。

 サルテ・サーキットは全長約13.6Kmの大部分が公道であるが、メインスタンド部分のかなり長い部分と、有名なミュルサンヌ の右ターン部分の2か所がレース・コース専用になっており、そうした部分は普段はこうしたフェンスや ガードレールで蓋がしてある。

 フェンスの絵の中で走っている人物は、昔懐かしい『ル・マン式スタート』を表している。
ル・マン式スタートとは、コースの一方の側にレーシングマシンを並べ、一台に一人づつエンジンキーを持った係員が付き、ドライバーは反対側に並び、 スタートの合図で自分のマシンに走り、キーを受け取ってエンジンをかけてスタートするという方式。
 沢山のマシンを出来るだけ混乱なくスタートさせる、特にエンジン始動せずとかクラッチ故障とかによって動けない車への後続車の追突の危険を回避する方法として 耐久レースでは結構一般的だった方式でル・マン以外でも採用された事もある。
 しかし、急ぐ余りシートベルトをせずにスタートするドライバーが現れる等で、現在では四輪レースでは 行われていないようである。




 ル・マンはフランス中西部にあるかなり大きな町である。もし24時間レースが無くても町の中央の教会広場と教会の尖塔が 観光資源となったであろうが、世界的に有名になったか?、というと疑問である。

 ル・マンはまた航空機の黎明期に登場する地名でもある。
1908年飛行機が生まれて4年目に開かれたル・マン飛行大会においてライトA型は 三舵を使ってバンクをかけ、横滑り無しの完璧な8の字飛行をしてみせた。
この飛行は怪しげに『翔ぶ、あるいは跳ぶ』だけだった当時のヨーロッパの飛行機製作者に 衝撃を与え、彼らのエンジニア・スピリットに火を点け、結果として飛行機開発競争の中心を ヨーロッパに移してしまうきっかけになった。




サルテ・サーキット

 南北に長い楕円の一周13.6Kmのコースで、東側の半分、地図で赤のN138号線の部分『ユーノディエール』は約6Kmの直線。 西半分は『インディアナ・ポリス』 『ポルシェ・カーブ』などの名物コーナーが続く。コースの南端の『ミュルサンヌ』は車が身を捩って曲がるという急な右ターンで、 レースでも80Km/h位に落とす必要が あるとされている。


 サーキットの大部分は公道で、誰でも走る事が出来るが、勿論公道なので交通規則も対向車もあるからレース気分になってはいけない。
普段は、ユーノディエールにある二ヶ所のシケインは取り払われて直線になっている(ここがシケインの位置だということは判る) し、ミュルサンヌはロータリーになっている。ロータリーは中の車が優先であるからユーノディエールからミュルサンヌへ80Km/hで 突っ込んだりしてはいけない。
 ミュルサンヌを過ぎて地図でD140とあるD文字の辺りが『インディアナポリス』の左ターンでミュルサンヌを抜けて再び全速で走って 来た車への試練の急カーブである。 インディアナポリスの次の直角右ターンの次の右ターンが一般道を跨ぐ陸橋を含むS字の『ポルシェ・カーブ』の始まりで、 此処から先には立体交差や橋があり、起伏と連続するカーブを高速で抜けるには ドライバーのリズム感が大切のように思える。
 サーキット図のユーノディエール部分にある二つの膨らみは、総合優勝を狙うクラスのレーシングマシンの強制減速用のシケインである。 これが無いと400Km/h以上の速度となり地上に安全に留まるのが困難になるのと(ウィングで空力的に押さえつけても一寸した方向のぶれや路面凹凸がきっかけで 簡単に空中に舞い上がる)、ミュルサンヌへの突入速度を制限しているのだという。


では、コースの公道部分を

 N138にレース・コースが合流する部分。
 レース・コースは、道路の右のガードレール様の構造物で蓋がしてある。
 合流する前にも道路の右手にレース・コースがあるのが判る。


 ユーノディエールの直線に入った。直線と言っても定規で引いたような直線では無い。
 ニッサン・シケインの場所にさしかかる。レースではN138の正面にシケインが設けられレーシング・カーは 左手に設けられた半月形のコースに誘導され、強制的に減速させられる。


 ミュルサンヌの右ターンへの分岐。ミュルサンヌはル・マンの名物カーブである。
 レース・コースはN138から右手にそれて行く。
 レーシング・マシンが『身を捩って回って行く』という右の急カーブである。

 N138を走る車はさらに先のロータリーに入る事になり、この部分はレース・コースは走れない。

 ユーノディエールもミュルサンヌもそこにある村の名前である。  


 ミュルサンヌの立ち上がり、右手からレース・コースが合流して来る。  右手の白いフェンスはレース・コースの蓋。

 ミュルサンヌを過ぎるとレース・コースはD140の公道になる。
 レーシング・マシンにとっては直線に等しいゆるい右カーブが続く。曲率がきつい部分には路肩に赤白のゼブラ・ゾーンがある。 これが見えると公道を走っていても気分が出て、踏んづけて走りたくなる。  

 公道部分を走っていてレース気分最高になれるインディアナポリスの左カーブの通過。

 左;まず、かなりきつい右カーブを抜ける。前方にインディアナポリス・カーブが見える。ここは路肩のゼブラ・ゾーンを 踏んづけて走る所である。

 中;しばしの直線、レースではこれだけの直線でも全開の加速と急減速であろう。


 右;インディアナ・ポリスの通過。助手席のカメラマンが右に左にと揺れる。  左路肩のゼブラ・ゾーンはレースではコース左端であるが、公道では対向車線の右路肩に当るものである。  我が車がセンター・ラインオーバーの様に映っているが、これは左ハンドル車の右席から撮っているからで、実際には ちゃんとセンター・ラインは守っている。  


 インディアナ・ポリスを過ぎてすぐのArnageの『交差点』。驚いたことに普段は信号がある唯の十字路である。
 レース・コースはここを右折する。レース時は勿論信号は無く、道幅一杯を使っての走行が可能であるが それにしても『無茶』である。

 十字路を右折するとD139に入るが、公道は直進し、レース・コースは登り右ターンでS字のポルシェ・カーブの方に逸れて行く。 レース・コースが登りに見えるが、これはこの先の立体交差への登りである。この先はレース・コースとして面白い所が続き、メーンスタンド前に入って行く所であるが、 一般車は入れない。


 正面の交差点を右に曲がるとレース・コースを立体交差で潜り、D138、ユーノ・ディエールの直線の真ん中辺に出る。

 交差点を曲がらず、直進すると右手にメイン・スタンドが見えてくる。


 メイン・スタンドの背後を走る。右手のスタンドが切れると右カーブの『赤い頭』で、 コースを大体一周した事になる。公道を走って約10分間のドライブである。
 この当時(1997年)のレース・コースは13.605Km、レースでの最速ラップは3分22秒位である。



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