朝食、身なりの良いお金持ちそうな、大量の南方系の東洋人の団体客が一緒、サミット関係かな?。
チェックアウトで、お姉さんが金を払えと言い出し,揉めかけたが、バウチャーをお互いに慎重にチェックして
日本で前払いしている事を説明して解決。チェックイン時のフロント担当のミス。しかし、その揉めている間チェックインを
担当した若いクラークは隣にいるのに知らん顔。
ローザンヌの足掛け三日は晴れてはいたものの、霞んでいて対岸のエヴィアンもその後ろのエヴィアンの
ラベルの山も見えなかったのは残念だった。

スイスとフランス国境。
おそらく、エヴィアン・サミットの警備であろうが、スイス国内でも高速道路の陸橋毎に、数人の兵隊が貼り付いていた。
スイスは国民皆兵であるのでサミットの間だけ臨時に狩り出された兵隊もいるのであろう。ご苦労様。
国境での警備は厳しかったが、パスコンでは降りろとも車両のチェックをするとも言わず、何もなし。
例の指先で『行け』というサイン。
フランスに入った。

反対車線のスイスに向かう車は本線上に車を止めさせて全車チェックしていたが、ラク・レマン(Lac Leman)から遠ざかって行く方向に向かう車はお咎めなし。
アヌシー(Annecy)近くのカーフールで買い物。
リヨンおよびフランス地図、文房具、昼食用食料などを買い込み、まだ有効期限のあるカルト・ブルーで支払い。高速道路のパーキングエリアで昼食。
ミシュランの黄色地図が20万分の1から15万分の1になっていた。
この、紺地に白い文字の高速道路標識は懐かしい。慣れているせいかフランスの道路案内や標識は判り易い。
生誕100年記念でサン・テクジュペリ空港に改名したリヨン空港まで16Kmの標識。
FM101.8MHzは元々日本より高周波数帯を使っているラジオの道路情報。これは聞いていても判らない。
リヨン

リヨンでは、ホテルの選択基準を、兎に角目だって判り易いとしたのが正解、一方通行に邪魔されて一寸右往左往したが常に目標は
見えていたので、無事ホテルに到着。
新横浜プリンスホテルのような、中空のシリンダー状の建物で、かなりの上層までオフィスビルであり
(オフィスの主は、かっての我が家のメインバンク、クレディ・リヨネらしい)
、ホテルはグラウンド・フロアにコンセルジュがいて、32Fがフロントとレストラン。客室はその上の6階分くらい。
最上階がレストランという構造。
客室は丸いチーズの一辺状で窓側は丸みを帯びており、
シリンダーの直径が新横浜プリンスホテルより大分小さいために、客室は扇型であることがはっきり判る。
きつい西日を正面に浴びながら歩いて町へ。
桑の植樹がある公園。 手前のサンジュアン教会(St Jean)と、丘の上のノートルダム・ド・フルヴィエール教会(N.D.de Fourviere)。

橋を渡った所の公園何かのイベントか?、古いシトロエンの大群が。

西日に輝く、サンジャン教会。ステンドグラス。バラ窓。

サンジャン付近の、名前あるレストランはシーズンオフで、休みか一杯。広場に面したレストランで定食。これはデザート。

ここは、安いレストランが集まる食い倒れ横丁で、出す料理の起源は賄い料理であると教わった。普通のフランスのレストランでは
出てこない臓物料理も出てくる。
緑色のラベルの壜のBDOITが懐かしい。
BADOIT=バドワ=ガス入りの硬水ミネラルウオーター。美味しい水である。
歩いて戻る。ホテルの部屋からリヨン・パーデュー駅(La Part Dieu)方面の夜景。
