
コルマールにもおもちゃ博物館 (Musee du Jouet) があった。場所はカテドラルからジャンヌ・ダルク広場を経てさらに東に進んだ辺りで、規模は小さく入り口も目立たないので
博物館とは気づきにくいが、それなりに面白い博物館であった。特にアルザスゆかりのブガッティ関係の展示には珍しいものがあった。
アルザス風の椅子とテーブル。
木製で、背もたれに簡単な細工がしてある素朴な椅子は、アルザス家具の象徴で、実物の家具も古道具屋を丹念に漁ると素敵な物に出会う事ができた。
値段もそんなに高価ではなかった。
メルクリンの科学玩具 2題


左は静電気発生装置とライデン壜の組み合わせで、玩具と言うより静電気の不思議を学ぶ教材であるようである。
右はボイラー/往復式蒸気機関/発電機を組み合わせた火力発電所模型。アルコールランプを焚いてボイラーで発生させた蒸気で
往復ピストン蒸気機関を動かし、それで発電機を回すという仕掛けである。
これはコンセプト/外観の見事さ/メルクリンというブランド等々で、完璧な『大人騙し』で、良いなあ、欲しいなあ、と思った。
半組み立てキットで20万円くらいなら今すぐ買う。ただし、高圧蒸気を扱うので現在の日本で安全上玩具として許されるかどうかの問題がありそうである。


C54という蒸気機関車は聞いた事が無かった。調べたら昭和6年(1931年)デビューの亜幹線客車用の機関車で、17両しか生産されなかった
といういわば珍種の機関車であった。防煙板を備えた繊細かつバランスの良い、いかにも日本の蒸気機関車というスタイルであるが、
現存する実機のC54は日本にも無いのだそうである。
高速の亜幹線用客車用機関車であったというのであるから、どこかの線で下関行きの青線の2等客車を牽引した事があるのかもしれない。
しかし、人口に膾炙する事無く、国内のどこにも保存されなかった薄幸の蒸気機関車C54が、こうして模型とはいえ異国のおもちゃ博物館に
ファーストナンバーC541として展示されているのは何か素晴らしい事のように思えてくる。

一見電車であるが、実は日本国有鉄道でも使われていたキハ車すなわち懐かしい『ガソリン・カー』の仲間である。
勿論ブガッティが只のガソリンカーを作るわけが無く、
駆動車輌は、4基のブガッティ直列8気筒エンジンを備え、総排気量は12750CC、出力は800馬力。二両編成の時、最高時速170Km、巡航速度
120Kmという軌道を走るスポーツカーである。フランス国鉄は実際にこれを走らせていたらしい。
フランス国鉄と言うのはTGVの例を引くまでも無く、高速列車が好きで電気機関車を時速330Kmで走らせたりもしている(勿論営業運転ではなく、
機関車の速度限界試験運転でのこと)。

細かくて、私はその筋の専門ではないので個々の型や年式までは判らない。
これらと、ミュールーズの博物館の実車を比べて見たら面白いと思う。

ブガッティの最高級車 ”ロイヤル” のクーペ、通称 ”ナポレオン” である。
ミュールーズの自動車博物館にある実車にはドライバー席には屋根が無いが、この模型には屋根があって運転手の労働条件が改善されている。

この写真を、飛行機プラモデル組み立てのセミプロの友人に見せたところ、非常に羨ましがったが、
このキットの詳細は判らないとのことだった。箱絵からだと低翼単葉3発機のように見えるが、彼とエンジンのナセルの形状、固定脚らしいこと、翼面形状
などから色々調べたが機種を特定する事は出来なかった。
部品は金属製で、お父さんと少年が支えている箱絵からみると非常に大きな物のように見えるが、箱のサイズやパーツの大きさから
組み立てると本当にこんなに大きな飛行機が出来るのかは疑問である。
戦前の製品のように見えるが、相当高価であったであろうことは想像に難くない。

博物館展示模型であるので、当然とはいえ惚れ惚れするような出来映えの模型である。
右主翼のMATSと云う文字は The Military Air Transport Service の略で1948年-1966年に存在したアメリカ空軍の組織で、
1966年にMilitary Air Lift Command(MAC)、更に1992年に現在のAir Mobility Command(AMC)に改編改称されている。
MATS向けのコンステレーションは計33機で、3500馬力のライトR3350-34デュプレックス・サイクロン・ターボコンパウンド4発で、
気象レーダーを備えていた。
後ろにダグラスDC-3がいる。
ロッキードC-121の民間型はL-1049 スーパーコンステレーション(スーパーコニー)で、ピストンエンジン大型旅客機の最末期、大陸横断や渡洋航路の王座を
ダグラスDC-7Cセブンシーズと争った機体である。
曲線に囲まれた美しい機体は、飛行機として史上最も優美な曲線美であろう。
3枚並んだ垂直安定板は全高を低く抑える為の苦肉の策で飛行機としては単純構造の1枚翼に比べて負担増だそうであるが、
この飛行機の外観上の素晴らしいアクセントになている。この外観を見て乗ってみたいと思い実際に乗った乗客も多かったであろう。
私も若し今、定期便でピストンエンジン4発機に乗れるチャンスがあるならDC-7Cよりスーパーコニーを選ぶ。
ピストンエンジン4発大型旅客機というのは、3番(右翼内側)から4番、2番、1番と1基づつ掛けていくエンジン始動からして旅の始まりの儀式のように
荘厳なものであったそうである。
エンジンは、スーパーコニーもセブンシーズも『究極の航空機用ピストンエンジン』ライトR3350デュプレックス”サイクロン”ターボコンパウンド。
排気タービンで過給器を駆動するのみならず、3基のパワーリカバリータービンで回収した排気ガス・エネルギーを回転力即ちトルクに変換し、
流体継手を介してエンジンの主クランクシャフトに戻すという巧妙精緻なエンジンである。
その複雑極まりない機構は、海上自衛隊も運用した対潜哨戒期P-2Vのエンジンでもあったので、鹿児島の海上自衛隊鹿屋基地内の航空
記念館でカットモデルとして見ることが出来る。
このややこしい仕掛けのおかげで、ターボコンパウンドエンジンは、出力もさることながら経済性にも優れており、ライバルエンジンの
R4360ワスプメージャー
を圧倒した。しかし、代償として整備が物凄く難しく故障も多かったらしい。

この模型展示を見たときは、これは絶対架空機だろうと思った。第一飛べそうにない。
実際には1937年に1機だけ作られた現実の飛行機であるが、残念な事に飛ぶことは無かった。
その機体は戦争を生き残って現在はアメリカの博物館にあるという。
形式としては、低翼単座牽引型双発機で、全木製の機体は非常に複雑な曲線をしており、後世のF-16などのブレンデッド・ウィング・ボディを髣髴とさせる。
尾翼も変わっていて、V字型に2枚の他、真下に垂直に1枚の計3枚である。
ブガッティ直列8気筒4900CC、450馬力過給エンジンをパイロットの後部に2基タンデムに積み、パイロットの左右を通る長い延長シャフトを介して機首の
二枚羽根コントラ・ペラを回すという機構であった。
このエンジンをパイロットの後ろの後部胴体に置く、というパワートレーンのレイアウトはアメリカの戦闘機ベルP-39エアラコブラ類似である。
ただしP-39はアリソンV1710単発で勿論コントラペラではない。
胴体側面コックピット後部にある突起は前部エンジンの排気管で、胴体左側の後部には後部エンジンの排気管がある。
V字型の尾翼前縁にあるスロットから取り入れた空気を胴体内すなわちエンジンルームを前部に向かって流し、
胴体内のラジエター等を冷却して主翼下から出すと言う理解不能な
冷却システムを持つ。
理解不能といえば、前縁が直線、後縁が前進した主翼もそうで、これは帝国陸軍の中島飛行機製戦闘機の翼型に似ているが、この飛行機の
後縁の前進具合は尋常ではなく、これはもう前進翼である、と言って良い。
前進翼は運動性能には良いが、固有安定性が極悪で、
このように強い前進翼の機体はコンピューター支援のフライバイワイヤでないと
飛べないだろうという(私の生齧りの)常識に外れている。
さらに言うならスピードレーサーが運動性重視の翼型の主翼を持つ必要は全く無い。
この機体が完成して、良し飛ばそう、という所まで行ったなら、テストパイロットの運命はどうなったであろうか?。