商店、ホテル、レストランなどの軒先に趣向を凝らした金属の細工物の看板を下げるのはドイツの町に良く見られるが、
アルザスでも見られた。意匠で何屋さんかすぐ判る様になっておるものが多いが、中には判じ物のようなものもあり、その店の昔の看板で今では
全然関係ない商売であるが看板だけ残っている物など種々あった。
このページではコルマールのセンターにあるものを紹介する
ドイツ時代の1873年にコルマールに生まれた熱烈なフランス・アルザス愛国者の画家アンシはコルマールに幾つかの看板を残している。

白鳥薬局
Rue des Tetesの角。
これはコルマールでも最も美しい看板で、かってクロスエアの機内誌に長い事写真が載せられていた。
蛇は医療の象徴でもあり、軍隊の医療部隊の徽章にもデザインされている。


Charcuterie Zimmerlin
Rue des Serruriers
女の子は豚を散歩させているのではなく、後ろ肢を捕まえているのである。
ドミニカン教会からカテドラル広場に向かう途中、観光客でごった返す小路の上にかかっている。
シャクトリエ屋の看板であるが、現在はこの看板を架けているのは洋服屋である。
Fincker Freres
Rue des Tetes
看板の上部で女の子がアルザス名産ガチョウを追っている。
コルマールの観光スポットの一つであるメゾン・ド・テットの向かい、メゾン・ド・テットの写真を撮る人の真上に架かっている。
この看板を架けている店は現在もシャクトリエ屋である。

General Kleber
Place de la Cathedrale
カテドラル広場に面したワイン屋さんの看板。
ナポレオンのエジプト遠征でのアルザス出身のクレベール将軍を描いている。
郊外の巨大なスーパーに(レジが50基並んでいるという店もあった)やはり巨大なワイン売り場があり、ソムリエバッジを付けた専門の店員が
配備されたりしているので、コルマールセンターでワインだけを商うというワイン専門店はあにはからんやごく稀であったが、これはその
数少ないワイン・ショップの一軒。勿論アルザスワインだけではなく、ボルドーでもブルゴーニュでもキャンティでも置いていた。
中はごちゃごちゃしていて、1本何百フラン(当時)もするワインが足元の箱に放り込むように入れられて埃にまみれており、おり、日本から来たワイン好きを
案内するとにんまりするのであった。


Hostellerie Le Marechal
Place des 6 Montagnes Noires
支配人曰く、『世界で一番沢山写真を撮られるホテル』である。
プチベニスの橋から見たとき右側奥に見えるホテルで、ロマンチック・ホテル・チェーンに属している為
通常 ロマンチック・ホテル と呼ばれている。
もっとも、この看板側はプチベニスの逆側にあるホテルの正門脇にかかっていて、ここまで回ってくる観光客はあまりいないであろう。

St Martin
Gran Rue
旧税関前からサン・マシュー教会の方に向かうGran Rue(大通り)のカテドラル(サン・マルタン教会)側にあるホテル。
観光客なら誰でも一度は前を通る。
手前のウサギの看板は、並びのお菓子屋さんのものであるが、残念ながら餅をついているのではない。

ホテル・サン・マルタンの向かい
Gran Rue
旧税関の建物、ラップ将軍の生家というプレートが取り付けてある建物の並びの角にある看板。
ここは、現在はホテルではない。

Fer Rouge
Place de l'Ancienne Douane
旧税関前のコルマールでいちばん賑わう所にあるアルザスの風情を入れたフレンチ・レストランで、ミシュラン一つ星。
圧倒的なロケーションにあり、味は一つ星値段は三ツ星などいう声もある。
ただ、ミシュランの星付きレストランのソムリエとはかくも格好良いかと言うくらい立ち居振る舞い、客に二言三言語るときの威厳などが
完全に三ツ星級のソムリエがいた。
日本橋たいめい軒の一口料理と同じコンセプトの小皿料理があってこれは楽しかった。フロマージュのワゴンも軽く20種類以上あり、
遊びに来た姪はそれを全部食べたいと言って、ギャルソンを喜ばせた。
ミシュランの星付きレストランというのはフランスでも『ハレの食事』の店である。ミシュラン日本版が、おでんやたこ焼きの名店を載せない理由はフランス人に
その美味しさが判らないからと云うだけではない。


Luxhof
Rue Merciere
ハウルの動く城で有名になったフィステール館の向かいの小路にある。背景はカテドラルの屋根である。
前世紀のドイツ時代から営業の古いレストランで、かってはコルマール随一の規模を誇ったが、今はブラッセリーという風情である。
背景の大きな屋根はカテドラル。

Maison de Tetes
Rue des Tetes
観光名所のメゾンドテット内のレストラン。
メゾンドテットはかってワイン生産者のギルドの建物であったという建築物で、建物全体を人間の頭部の彫刻で飾った異様な感じがする
コルマールの名物建築である。
現在はホテルとレストランになっていて、パテオに葡萄の蔓が這っていたりして風情がある。
レストランも重厚な木造の内装で、仕切りが多く、他人の目を気にせず食べたい人には向いている。
ここのフォアグラ・ショは美味しい。

Aux Trois Poissons
Rue de la Poissonnerie
吊り看板ではないが、私はこの看板が大好きだった。
『三匹の魚』という名の通り魚料理のレストランで、アパートから近かったし、量も殺人的でなく適度であり
味付けは薄めで好みであった。ドーバーソウルも美味かったが、一番好きだったのはエイの酢バターかけで、エイと言う魚をここで初めて食べたが
こんなに美味しいとは思わなかった。当時日本語を習っているというギャルソンがいて英語も話したので危険な魚料理について相談にのってくれた。
休みが多いレストランで、どう考えても観光シーズンなのに平気で1ヶ月以上連続で店を閉めてしまっていた。
Rue de la Poissonnerieはプチベニスからの運河沿いにあり、コルマールでも最も濃密に花で飾られる通りである。
ここの風景写真の絵葉書を日本に送ったら、後日その人から 「精密な風景絵であると思い込んでいたらある時、駐車禁止の標識に気が付いた。
まさかこの種の風景画に交通標識を書き込まないだろうからこれは写真であると認識した。」という返事が来た。

Arpege
Rue des Marchands
この店は、タルト・フランベの窯を持っており、それが売りだった。
タルト・フランベとはアルザスのピザで、ピザより薄くて大きく、ベニヤ板の上に乗せてサーブされる。
トッピングはピザ類似であるが、勿論マンステールチーズもある。
ピザでは禁じ手というチョコレートやフルーツのタルトフランベを置いている店もある。

Jager
Rue Chasseur
Jagerはドイツ語のJager(aはウムラウト。イエーガー)で狩人、看板も鉄砲を構えた狩人を意匠にしている。
ジャンヌダルク広場の隅にあった小さなレストランで、入った事は無い。

Petit Noack
Rue Etroite
コルマールに沢山ある、観光客向けでもハレの日向きでもないごく普通のレストランの一軒で、値段は手ごろだが料理を注文してから出て来るまでが待ち時間が長い店だった。
この店は、公式の宴会や接待などでは使った事がないのに、男同士でプライベートでよく行った店で、赴任直後で家族を呼び寄せるまでの数週間の単身とか、
完全なる単身赴任とか、オクサンが子供と里帰りなどいう仲間と通った。サラダとワインで延々粘っても気持ちよく時間を過させてくれた。

HANSI
Rue Chasseur
Fer Rougeのはす向かいにあるアルザス料理専門の観光レストラン。
この店では兎に角シュークルートを注文しよう。人数の半分の量で注文しても山のようなキャベツとソーセージでテーブルが塞がってしまう。
ウェイトレス(若いのからそうでないのまで)がアルザスの民族衣装を着ていて、言葉が通じなくても非常に親切にメニューの相談
にのってくれ、注文しすぎると真剣に警告してくれる。一人200フラン=30ユーロ(4000円位)も出すと死人が出るくらい飲みかつ食べられる。

名前失念
Rue des Clefs
市役所の向かいのレストラン。
入った事は無い。


Rue des Tisserands
トワポワソンのある通りから一寸入った所のレストランで、
新規開店であったが、特に観光客を意識した店では無かった。
この看板はバルトルディ作の彫刻がモデルで、
その彫刻はこのレストランとは運河をへだてた所にある赤いレンガのマルシェの建物
の角にあった。
ここのマルシェは木曜の朝市で、家内は良く買出しに行ったが、私はなかなか行く機会が無かった。

Place de la Cathedrale
ドミニカン教会からランジェリーショップの前を通ってカテドラル広場に回りこむ角のカフェの看板。
目の前はカテドラルであり、夏のオープン・カフェはカテドラル広場そのものに広げられる。

名前失念
Rue Chasseur
これも今はレストランと言うよりカフェになっている店で、ウンターリンデンからサン・ドミニク教会に至る現在は運河沿いに
なっている通りにあった。写真の背景はサン・ドミニカン教会である。

Rue des Serruriers
サン・ドミニカン教会の広場に面したパン屋。
プレッツェルは一説によるとアルザス起源だそうである。勿論、硬いお菓子ではなく柔らかいと(言っても独特の食感の)プレッツェルを売っていた。
とはいうものの、パン屋さんの主力はバゲットの系統の日本で言うフランス・パンであった。

Wolfパン屋
Rue de Tetes
メゾン・ド・テットの並びにあったパン屋で、同僚の母上が仕切っていたが数年前母上は引退したと聞いた。
赴任したばかりで事情が判らない頃、彼と朝とてつもなく早い時間の出発で車で出張した事があり、前日彼から「朝早いから朝食はウチの母がパンを準備する」という
申し出があった。車中母が今朝作ったパンだと薦められたそのパン類の
驚愕的出来栄えにアルザスのおっかさん恐るべしと思ったが後で知ったらおっかさんはプロであった。

Jean B Wertz
Rue de la Poissonnerie
これはドアの上に掲げられた看板で、通りに面しての店は無く、売り場はドアを開けて秘密クラブのような通路を入って行った先にあった。
面白かったのはマグロの売り方で、内臓を取ったら捌かずに輪切りで売る。当然お腹の周りのトロの部分の比率は何番目の輪切りかで違って来るので
日本人のオクサンはその辺りを見計らって『それ頂戴!』と叫ぶ。刺身でいけるかなどと魚屋に聞いても無駄であるから自己責任で生で食うかどうか決める。
他に良く食べた魚は、鰹(名に反して身が柔らかい)、鯛、舌平目、切り身で鱈、鱸、鮟鱇などであった。

Rue de l'Ange
洋服屋さんと言うより、縫い物屋さんで、服の修理を頼んだ。
ごく小さな仕事場兼店におばあさんがいて、サイズ直し、裾上げ、かけはぎの類をやってくれた。

Jezequel
Grand Rue
Rue de l'Egliseとの角にあるオリジナルブランドのカジュアル系の紳士服店。
50がらみの貫禄ある主人が英語を話せるため日本人が口コミで集まった。向こうも日本人歓迎であった。
ただ、ヨーロッパの洋服は着丈や胴回りに対して上着やシャツの袖が妙に長いため、ややアンバランスになるきらいがあり、
ズボン丈のみならず、袖丈まで多くは直しを必要とした。それ故単価も高くなり歓迎されたのかもしれない。

Place de la Cathedrale
カテドラル広場の角のカフェの並びにある花屋で、この店もカテドラル広場に面している。
生花そのものよりも、花を使ったデコレーション、花束、花輪(リース)などを得意にしていた。
キリスト教の二大祭り、クリスマス、パック(イースター)にはそれに合わせて店全体のデザインを色と共に統一する大胆かつ大仕掛けの模様替えを行った。
それだけに高級で、リースなどの花輪も値段もかなりのものであった。
ハロウィンは1990年代半ばにはコルマールでは騒ぐ習慣は無かったのに2000年位にはスーパー・マーケットにハロウィン・コーナーが出来ていたりした。
アイルランドの蛮地のお祭りであるハロウィンが中部ヨーロッパのこの美しい都市に持ち込まれるという文化の破壊を私は大いに嘆く者である。
この店のハロウィンの飾り付けがどうであったか記憶にないし知りたくも無い。
私はパック(イースター)が毎年待ち遠しかったし大好きであった。